楠龍造『龍樹の仏教観』サポートページ企画です。今回は華厳経について解説します。

華厳経(大方広仏華厳経)は、壮大な宇宙論から、修道論(実践論)、精細な縁起説までを具備した一大経典であり、後代には華厳宗という宗派を成立させただけでなく、唯識派や如来蔵思想、禅など、様々な宗派に影響を与えた、大乗仏教を代表する経典のひとつです。
華厳とは
華厳経における「華厳」とは、「いろとりどりの華によって厳られたもの」=「雑華厳飾」の短縮とするのが通例です。しかし漢訳が伝える原語の「ガンダ-ヴューハ」(Gaṇḍavyūha)に「華」の意はなく、「華厳」と訳されたことは不可解ではありますが、一般的には、華厳経の中で描かれる「蓮華蔵世界」(後述)に基づくものであると理解されています。
華厳経がまとまった形で成立したのは、四世紀の半ば頃、中央アジアの于闐(現在の新疆ウイグル自治区コータン)であったとされます。サンスクリット原本は、完本としては残っていませんが、その一部である「十地品」と「入法界品」だけはサンスクリット原本が残っています。
「十地品」はもともと『十地経』という独立した経典であり、華厳経はそうしたいくつもの独立した経典を集成したものと考えられます。先の「まとまった形で成立した」というのは、個々の独立した経典が華厳経というひとつの経典として形をなしたのが四世紀の半ば頃という意味です。個々の経典のうち、古いものは一から二世紀頃に成立したものと思われます。
華厳経は、漢訳では仏駄跋陀羅訳(六十華厳、晋経)、実叉難陀訳(八十華厳、唐経)、般若訳(四十華厳、入法界品のみ)の三本と、チベット語訳(蔵訳)一本が伝えられています。基本的には、六十華厳をベースに、八十華厳、さらに蔵訳へと増補されていったようです。
華厳経の伝説
史実とは別に、華厳経にはその成立に関する伝承が残されています。法蔵『華厳経伝記』によれば、龍樹が龍宮に行って『大不思議解脱経』なるものに出会います。この『大不思議解脱経』には上中下の三本(3バージョン)があったのですが、中本は人間が扱うことが不可能なほど膨大な量であり、上本に至ってはそれをさらに上回る分量であるため、中本と上本は龍宮にのみ秘蔵されており、龍樹はこのうち下本のみを持ち帰ります。
これが人間界に伝えられた華厳経である——とされますが、(経典の中で詩で書かれた部分を「頌」や「偈」と呼び)今日我々の知る華厳経は、六十華厳で3万6千頌、八十華厳でも4万5千頌であり、下本は10万頌とされることから、六十華厳は下本のさらなる略本であるとされます。
法蔵はまた、『華厳経探玄記』において、華厳経には6つのバージョンがあると指摘しています。これまでに述べた上中下の三本と略本に加え、大本と恒本の6つです。
大本とは、海雲比丘の『普眼経』のように、須弥山の大きさの筆で、四大海の量の墨で書かれたものであるといいます。
海雲比丘とは、『華厳経』「入法界品」で、善財童子が教えを求めて訪ねる善知識(指導者)の一人です。その海雲比丘が授かったという想像上の経典が『普眼経』であり、『華厳経』の大本とはそのようなものであって、大菩薩にしか受持できず、書物に著されるようなものではないとされます。
次に恒本とは、華厳経の最も詳しく、本質的なバージョンなのですが、これは終わりなき無限の経典、いわばエターナル・ブック(永遠の書)とでも呼ぶべきものです。『探玄記』では、次のように解説されます。
恒本とは、下の不思議品に云はく、「一切の法界虚空等の世界、悉く一毛を以て、周遍に度量し、一一の毛端の処にして、念念の中に、不可説の微塵等の身、未来際劫を尽くして、常に法輪を転ず」と。解して云はく、此樹形等の異類の世界に通じ、各毛端の処にして、念念に常に説き、休息有ること無し。此れ結集すべきに非ず、其品頌の多少を限るべからず。亦下位の能く受持する所に非ず。
一本の毛が無限の世界に行き渡っており、同時に無限の世界が一本の毛に集約される、というのは、後述する、華厳経の「一入一切・一切入一」や「一即一切・一切即一」の思想に通じるもので、恒本は華厳経の世界観を体現したものといえます。
一大宗教歌劇
六十華厳の全三十四品(全34章)では、「七処八会」、すなわち7つの場所・8つの場面からなる、ひとつの大きな宗教歌劇として捉えられます。
六十華厳の最初の二品は、ブッダガヤの菩提樹下を想起させる寂滅道場(静かなさとりの場)において、盧舎那仏のさとりと蓮華蔵世界について語られます。
次に、三から八品では、普光法堂(光の家)に場所を移しますが、寂滅道場との関係は不明です。おそらく釈尊が菩提樹下で悟りをひらく前に沐浴した尼連禅河(ネーランジェラー川)のほとりにある場所と考えられ、ブッダ個人の悟りが、衆生救済へと展開していく場所と考えられます。ここまでは地上での説法です。
九品以降、三十二品では忉利天(須弥山の山頂)、さらにはその上空にあるとされる夜摩天、兜率天、他化自在天へと、次々に場所を移していきます。これらはいわゆる天界と呼ばれる場所です。詳しくは、「須弥山世界と仏教宇宙観(2) 天界編」を参照してください。
その後、三十三品では、再び普光法堂に戻ります。
そして最後の三十四品では、祇園精舎を想起させる重閣講堂(壮麗な館)に場所を移します。ここでは善財童子が、善知識を訪ねて巡る求道の旅が描かれます。この最後の第三十四品は全体の3分の1を占める長大な章になっています。

これに対し、八十華厳では、やや構成が異なり、他化自在天での会座は十地品のみで、(六十華厳における普光法堂に当たる)普光明殿での会座が三度に渡って行われており、七処九会(7つの場所、9つの場面)になっています。
盧舎那仏
盧舎那仏は、華厳経の教主とされ、華厳経では釈尊と同一視されます。盧舎那仏は、ヴァイローチャナの漢訳で、毘盧遮那仏などとも訳されます。もとは太陽光を神格化したもので、のちに密教における大日如来(マハーヴァイローチャナ)へと展開していく存在です。
奈良の東大寺にある大仏は、『華厳経』に基づき、『梵網経』のイメージを借りながら制作された、盧舎那仏像です。

蓮華蔵世界
『華厳経』では、蓮華蔵世界(華蔵世界)と呼ばれる独特の宇宙観が説かれます。この蓮華蔵世界についての描写は非常にわかりづらいので、ここでは定方晟『インド宇宙論大全』において整理された解釈に基づいて記述することにします。
蓮華蔵世界について、六十華厳よりも詳細に綴られた八十華厳の「華蔵世界品」の説くところによれば、この世界は、須弥山微塵数という膨大な数の風輪(風の渦)が重なった状態になっています(須弥山微塵数とは須弥山を粉々に砕いたときの砂粒の数)。その最上部の風輪を殊勝威光蔵といい、その上には香水海がのっています。この香水海に、種種光明蘂香幢という大蓮華が生えています。
その大蓮華のふちをとりまく花弁を大輪囲山といい、この世界を取り囲む山脈のようになっています。花托がこの世界の大地であり、ハスの花の花托のように、たくさんの穴が開いています。その穴の数は不可説仏刹微塵数(計り知れないほどある仏国土を粉々に砕いたときの砂粒の数)です。
花の蜜は香水であり、川のように流れ、穴に流れ込み、ここにも香水海を形成しています。この香水海ひとつひとつの中に、世界種がひとつずつ入っており、ひとつの世界種のなかに、不可説仏刹微塵数の世界がつまっています。
今、このうちのひとつ、大蓮華の花托の中央にある香水海を覗いてみましょう。
この香水海は、無辺妙華光と呼ばれ、その中にある世界種は普照十方熾然宝光明と呼ばれます。この世界種の中に20個の世界が縦に並んでいます。ここでの世界とは階層のようなもので、20階建ての建物を想像してください。各階ごとに一人の仏と無数の世界が存在します。
無数の世界は階が上がるごとに一仏刹微塵数ずつ増えていきます。つまり、一番下の階層には一仏刹微塵数の世界があり、一番上の階層には二十仏刹微塵数の世界があります。そしてこの各世界ごとにも一人ずつ仏が存在します。
このうち第13階が「娑婆」(我々の住む世界)であり、ここの仏が毘盧遮那です。
以上が蓮華蔵世界と呼ばれ、これと同じようなものが十億仏刹微塵数あるとされます。
十地
普光法堂会以降、天界をめぐって再び普光法堂に戻るまで、〈十住-十行-十回向-十地〉といった菩薩の階梯や修道論、あるいは「重重無尽の縁起」などと呼ばれる華厳思想について述べられています。
華厳経で特に重要とされる品(章、チャプター)は、「十地品」「性起品」「入法界品」であるといわれます。
「十地品」は『十地経』として独立に存在していた経典が組み込まれたものと思われます。十地とは菩薩道の階梯のひとつで、十地を経ると、以後、後戻りすることのない「不退転地」(阿惟越致)という境地に至るとされます。龍樹の『十住毘婆沙論』はこの十地品を解説したものであり、同じく十地品を論じた世親の『十地経論』からは地論宗という宗派が生み出されるなど、後代に大きな影響を与えました。
十地品には「三界唯心」(三界虚妄、但是一心作)が説かれ、唯識派はこれを教証(聖教量)としていますが、華厳思想内部の唯識思想といえる十重唯識の考えは、これをさらに精緻化したものとも言われます。
性起
「性起品」(六十華厳で「宝王如来性起品」、八十華厳で「如来出現品」)は、如来の出現について述べられた章です。高崎直道は次のように解説します。
如来のあること、為すこと、さらには如来において衆生の為すことまで、すべてが「如来の出現」なのである。(……)大乗経典は多かれ少なかれ、直接間接に、みなこのような、如来出現の意義を問うていると言えるのであるが、華厳経はそうした個々の経典の問題とした根本義を、一種理論的に反省したものと見ることができる。すなわち、仏とは何ぞやと問うことであり、その解答として与えられたのが「ヴァイローチャナ」(Vairocana 毘盧遮那)という名であった。言うまでもなくそれは「遍照」と訳されるごとく、如来の智慧の光が世のすべてのものに普く及ぶことを、太陽の光明にたとえたものである。したがって、これは、如より来至せるものとしての如来のはたらきである。換言すれば、如来の出現とはすなわち、如来ということになる。
高崎直道「華厳思想の展開」『講座・大乗仏教3 華厳思想』
「十地品」がプロセスを語り、「入法界品」が体験を語る章だとすれば、性起品は「そもそも仏の世界とは何か」を語る章であり、華厳思想の哲学的核心であるとも言われます。
この如来生起の考えは、如来蔵思想や本覚思想にも大きな影響を与えます。
善財童子と善知識
「入法界品」では、善財童子が正しい教えを求めて、善知識(指導者)を訪ね歩く求道の旅が描かれます。
善知識は数え方によりますが、一般に53人とされます。
右一覧では、説法しない(44)遍友童子と、(1)と(54)で二回説法する文殊師利菩薩を一人として、全部で53人となります。
この他、文殊師利菩薩をカウントに入れないパターンや、徳生童子と有徳童女をワンセットにするパターンなどがあります。
善知識は、菩薩はもちろん、長者や婆羅門、外道、夜神、童子童女など、さまざまな人々が含まれているのが特徴です。

華厳宗の成立
6世紀頃、中国で、華厳経を根本経典とする華厳宗が成立します。
華厳宗では初祖を杜順、第二祖を智儼、第三祖を法蔵、第四祖を澄観、第五祖を宗密とします。
杜順→智儼→法蔵は直接の師弟関係にあり、特に法蔵は華厳宗の大成者と呼ばれています。法蔵は実叉難陀による『八十華厳』の訳経作業にも参加していました。
第四祖の澄観は少し間が開いていますが、澄観が重要なのは華厳宗とともに、禅の荷沢宗の両系統を担っているという点にあり、これは澄観の弟子でもある第五祖の宗密も同じで、宗密は、華厳の教えと禅の実践とが合致した、教禅一致を目指しました。

宗密には、儒教・道教・仏教を比較して論じた『原人論』という著作があり、楠龍造はこれを解説した『原人論講録』(和田龍造名義)を著しています。
日本では、740年に新羅の審祥が金鐘寺において華厳経を講義したのに始まり、華厳宗に基づいて東大寺に大仏が建立されました。親鸞と同年生まれの明恵や、八宗兼学の宗風をつくったとされる凝然などが日本の華厳宗における重要人物とされます。
華厳思想
以下では、華厳思想について見ていこうと思います。
華厳経は「重重無尽の縁起」を説くと言われています。事物を、固有の実体を持つものではなく、関係論的に構築されたものであるとする縁起説の見方は、般若経などにすでに見られましたが、華厳経ではそれをさらに、相互多重的に、無限に絡み合うものとして捉え、これを「インドラの網」になぞらえます。
「インドラの網」(因陀羅網)とは、インドラ(帝釈天)の宮殿にかかる網状の宝飾品のことで、その網の目には宝珠がついており、それらの宝珠には互いが鏡のように映り込んでいます。そしてひとつの宝珠をつまみ上げれば、他の宝珠にも相互的な影響を与えます。

華厳経は、縁起の様相を、このインドラの網のごとく、相互に関係し、複雑多重に絡み合っているものとして描きます。これが「重重無尽の縁起」と呼ばれるもので、「一入一切・一切入一」「一即一切・一切即一」などといった言葉によっても表現されています。
事物が相互に浸透していることを、作用の面から見たとき、これを「相入」といいます。これに対し、存在の面から見たとき、「相即」といいます。すなわち「一入一切」とは、ひとつのもの(一)がすべてのもの(一切)に作用しているということであり、これとは逆に「一切入一」とは、すべてのものがひとつのものに作用しているということで、これらが同時に成立していると考えます。
同様に「一即一切・一切即一」も、ひとつのものがすべてのものと一体化しており、同時にすべてのものがひとつのものと一体化しているということを示します。
華厳宗の第四祖・澄観は、このことをさらに敷衍して、四法界という見方を提示します。四法界とは、事法界・理法界・理事無礙法界・事事無礙法界からなる四段階の事象の捉え方です。
事法界とは、個別の事象や事物の世界です。これに対し、理法界とは、普遍的原理(真理)の世界であり、ここでの真理とは、すなわち空性や真如のことです。事法界は(人空法有を説いた)説一切有部の見方、理法界は(空観を強調した)中観派の見方とされます。
理事無礙法界は、理(普遍)と事(個別)が矛盾なく融合する世界であり、これは如来蔵思想の見方であるとされます。そして、事事無礙法界は、あらゆる個別的存在同士が相互に無限に関係し合う世界であり、華厳経に特徴的な究極の世界観です。如来蔵思想を上位に置くところに華厳経の特色があります。華厳宗の教相判釈では、中観や唯識を大乗始教、如来蔵思想を大乗終教としました。

大乗始教と大乗終教を漸教といい、理解の階梯を経るのに対し、頓教とはそれらの階梯を跳躍した理解を得る教えを指します。頓教に当たるのは禅などの直観知的なものです。
華厳経は、その華麗な論理展開と体系化によって、般若経や法華経などと並んで、大乗仏教における重要な地位を占めてきました。中観、唯識、如来蔵思想、禅、真言など、さまざまな思想・宗派を吸収し、同時にまたさまざまな思想・宗派へと多大な影響を与えています。
参考文献

川田熊太郎(監修)・中村元(編集)『華厳思想』(法藏館、1960)

平川彰 他編『講座・大乗仏教 3 華厳思想』(春秋社、1983)













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