不動明王の図像的特徴

楠龍造『龍樹の仏教観』のサポートページ企画です。今回は不動明王の表象、図像的特徴について見ていきたいと思います。

不動明王は、観音菩薩や地蔵菩薩などと並んで、日本では信仰対象として特に人気のある存在です。サンスクリットでは「アチャラ」(Acala)といい、「ア」が否定辞、「チャラ」が「動くもの」で、文字通り「動かないもの」「揺るぎないもの」「不動」を意味します。アチャラナータ(Acalanātha)ともいい、「ナータ」(nātha)が尊者を意味し、これもそのまま「不動尊」と訳されます。明王については「仏の階層と金剛手薬叉について」において言及しましたので、参照してください。

不動明王信仰を日本に持ち込んだのは空海であると言われます。以来、様々な不動明王を表現した彫刻や絵画が制作されました。不動明王の図像的特徴は『大日経』などに断片的に語られてきましたが、やがて空海や淳祐、安然らによって、十九の特徴としてまとめられました。

これらは本来、(図像作成のためではなく)不動明王を観想する際に用いるものであるため、必ずしも図像的特徴のみを列挙したものではありません。しかしその多くは不動明王の外見的特徴を述べており、これらに基づいた彫刻や絵画が多数作成されました。まずはその嚆矢となった、空海の『唅十九種相観想略頌文』(不動尊功能ともいう)から見てみましょう。

空海『唅十九種相観想略頌文』(不動尊功能)

カンマン字は 三身の成仏を現ず
この尊は大日の化なり 使となって諸務を執り
火生三昧に住して 障を焼いて智火を成ず
肥満の童子形を現ずるは 仏に承事する化身なり
頂に七莎髷あるは 七覚分の法を表す
左に一の弁髪を垂るるは 一子の慈悲を表す
額に水波の皺あるは 六道の生を懊念するなり
斜に左の一目を閉づるは 左道を掩うて一に入るるなり
上の唇を噛んで下翻るは 慈力をもって魔を怖れしむるなり
口の中間を緘閉するは 戯論を語風を滅するなり
右の手に智剣を持するは 三毒の惑を殺害するなり
左の手に羂索を持するは 不降の者を繋縛するなり
行者の残食を喫うは 無明の智を瞰尽するなり
大盤石に安坐するは 衆生の重障を鎮むるなり
身色醜にして青黒なるは 調伏の相を表示す
奮迅して忿怒なるは 威猛の相を表示す
身に遍して迦楼羅炎あるは 智火の金翅を表す
俱力竜剣を繞るは 諸の外道を摧滅するなり
矜迦と誓多とを変ずるは 正に順じて違に順ぜしむるなり
これ不動の本誓なり
不動は寂静の義なり かくの如く観想しおわれ

次に、最もよく参照されるのが石山寺の淳祐による「不動尊道場観」です。『唅十九種相観想略頌文』を参考に作られたと思われます。

淳祐「不動尊道場観」(『要尊道場観』所収)

  1. 此の尊は大日の化身なりと観ず(実相華台ですでに久しく成仏すれども、本願をもってのゆえに如来の使者として諸の正務を執持するなり)
  2. 明の中にカンマンの四字あり(三世の諸仏は皆、この四秘密より三身を応現し、菩提樹下に降魔成仏す、これ寂滅定不動の義なり)
  3. 常に火生三昧に住す(字の智は一切の障りを焼いて大智火となる)
  4. 童子の形を現じ、身卑しく肥満す(上には仏勅を受けて行者に給使し、下には衆生を化して雑類を摂持することを表す)
  5. 頂に七莎髻あり(七覚分法を転ずることを表す)
  6. 左に一の弁髪を垂れる(一子の慈悲を垂れることを表す)
  7. 額に皺文ありて、形水波のごとし(六道を憶念し、趣に随って思い多きことを表す)
  8. 左の一目を閉じ、右の一目を開く(左道を掩蔽し一乗に入らしむるを表す、左道とは外道なり)
  9. 下の歯で上の右唇を外に翻出す(慈悲の力用をもって魔羅を怖れしむることを表す)
  10. その口を緘閉す(衆生の生死戯論の語風を緘じることを表す)
  11. 右手に剣を執る(衆生の現在の三毒煩悩を殺害することを表す)
  12. 左手に索を持す(繋縛を表す。降伏せざる者は利き慧剣をもって惑業を断じ引いて菩提に至らしむことを表す)
  13. 行人の残時期を喫す(衆生の未来の無明習気を啖い尽くす)
  14. 大盤石に安坐す(衆生の重障を鎮めてまた動かざらしめ、浄菩提心を成じて妙高山王の如くなることを表す)
  15. 色醜くして青黒なり(調伏の相を表す)
  16. 奮迅忿怒す(威猛の相を表す)
  17. 遍身に迦楼羅炎あり(智火の金翅鳥王、悪毒ある有情の龍子啖食することを表す)
  18. 変じて俱力迦羅となり、剣を繞る(智龍の火剣が九十五種外道の火を摧滅することを表す)
  19. 変じて二童子となり、行人に給仕す(一は名を矜羯羅といい、恭敬、小心の者なり、正道に随順するを表す。二は名を制吒迦といい、共に語り難き悪性の者なり。正道に順ぜざる者を表す)

もうひとつ、有名なものに五大院安然の『不動立印修行次第』がありますが、「不動尊道場観」とほぼ同一なのでここでは省略します。空海によるものを「大師よう」、淳祐や安然によるものを「十九観よう」といいます。

十九観の詳細

以下、淳祐の十九観をひとつずつ詳しく見ていきたいと思います。

一、不動明王は大日如来の化身

これは外見上の特徴ではありませんが、三輪身の考え方で、大日如来の本来の姿を自性輪身というのに対し、金剛波羅蜜菩薩の姿を正法輪身、不動明王の姿を教令輪身といい、この三者は一体のものであり、金剛波羅蜜菩薩や不動明王は大日如来の化身とされました。

もともと不動明王は不動使者と呼ばれ、如来の使者とされましたが、このことは、一方で、如来の化身にまで高められる高位と、他方で、如来の使い走りとされる低位とに分裂した相を持つことになります。

二、真言の中にカンマンの四字があること

これも外見上の特徴ではありませんので省略しますが、この四字に魔物や災難の障害に対し、忿怒の強さで打ち勝つ力があるとされます。その四字が不動明王の真言の中に含まれていることが強調されます。

三、火生三昧

この場合の火は煩悩によって起こる内火ではなく、魔物や外道を屈服させ、煩悩を除く智慧の炎であるとされます。後述の「十七、遍身に迦楼羅炎あり」によってより視覚的に表現されます。

四、肥満した童子の姿

不動明王はしばしば腹の出た肥満体型で描かれます。童子というにはやや年配のように見えますが、童子の姿とされるのには諸説あり、一説によれば、仏・菩薩が端正な姿形で描かれるのに対し、明王は悪相(醜形)で短躯に描かれることをもって、童子形と表しているようです。仏・菩薩はインド征服民であるアーリア人的に描かれ、明王は被征服民であるドラヴィダ人的に描かれている、という見方です。

また、かつてお寺で下働きをする童子が、大人になっても童子と呼ばれたことから、仏・菩薩や行者に仕える僮僕的存在という性格を指しているという見方もあります。このような見方は十三、十九にも見られます。

奴婢的性格が童子形によって表され、如来の化身といったより高位の性格が忿怒相によって表現されている、とも言われますが、のちに見るように、この辺りはやや錯綜しているようにも思えます。

五、頂に七莎髻あり

不動明王の頭頂部には、莎という草で縛った七つのもとどり(髷)があるとされます。あるいは(十九観にはありませんが)頂蓮と呼ばれる蓮華形(蓮華台)を載せている場合もあります。髪型は、大きな渦がいくつもある巻髪けんぱつ(渦巻き毛)である場合と、直毛でオールバックのような総髪である場合があります。比較的初期のものに総髪が多く見られます。

ただ、不動明王の発達順序は逆になるようです。つまり、元々の不動明王(あるいは不動明王の原型)では、巻髪だったものが、次第に総髪に変化していった、ということです。しかし、日本ではこれが順逆になって、初めに総髪タイプの不動明王が入ってきて、次第に巻髪タイプの不動明王が増えていったようです。

六、左に弁髪を垂れる

髪を一つに束ねて左側に垂らしています。弁髪は本来、総髪タイプに付随するものとされますが、十九観では巻髪タイプ+弁髪の折衷になっています。ただ、髪を左肩に垂らす、はかなり古くからある不動明王の外見的特徴のようです。

七、額に水波の皺

おでこに波のような、三本のシワがあります。

八、左の一目を閉じ、右の一目を開く

左目は閉じると表現されていますが、実際には左目は細く開き、右目は見開いた状態で、一方は下を見て、もう一方は上を見ている天地眼と呼ばれるものが多く見られます。天地眼は世界の上から下まですべてを見渡す眼と解されています。比較的初期のものは両目とも見開いて正面を見ていることが多いです。

先にも述べたとおり、不動明王はもともと、不動使者と呼ばれ、如来の使い走り的存在で、インドの奴婢をモデルにしていたとされます。この原初タイプは、巻髪+悪相(天地眼や乱杭歯など、左右非対称の歪んだ顔つき)+装飾品(鐶釧かんせん瓔珞ようらく)が少ないという特徴があります。これに対し、次第に鎮護国家の役割を与えられ、大日如来の化身とされた、威厳ある不動明王は、総髪で眼を見開き、口を閉じて固く結んでいるか、歯を見せていても左右対称で描かれます。菩薩像のように装飾品を身につけているものもあります。日本には、先に後者が登場し、やがて先祖返りして、前者の要素が描かれるようになりました。

また、不動明王の悪相は、醜く恐ろしい姿によって描くことによって畏怖の念を抱かせるためとも言われます。この見方では、奴婢的性格の表現と忿怒相は両立します。

九、下の歯で上の右唇を噛み、下の左唇を外にめくり出す

前述の通り、初期は単に口を閉じ、固く結んでいるものが多かったのですが、十九観の影響で、口の右端は下の歯が突き出し、左端は上の歯が突き出しているもの(牙上下出)が多く描かれました。これはモデルとされたインドの奴婢の手入れの悪い歯に由来するともされます。

十、口の中間を閉じる

口を「への字」のように結んでいるものが多く見受けられます。

十一、右手に剣を執る

不動明王の持物として特徴的なもののひとつで、宝剣を右手に持っています。智慧の利剣ともいわれます。煩悩や災難を断ち切るとされます。

十二、左手に羂索を持つ

羂索とは古代インドの縄状の武器です。仏法に従わない違逆難状の者を縛り上げて繋いでおく道具です。あるいはこの縄で煩悩を縛り上げ、右手の宝剣で断ち切ると言われます。

十三、行者の残食を食う

不動明王は行者が残した食べ物を食べるとされます。これも不動明王の原型がインドの奴婢に由来するためと言われます。

十四、大盤石に安坐する

しばしば岩座の上に座っている状態で描かれますが、立像の場合もあります。岩座ではなく、瑟瑟座と呼ばれる、井桁状に材木を組み合わせたような台座の上に座している場合もあり、瑟瑟座は特に不動明王専用の台座のようです。瑟瑟とは宝石の一種で、大盤石をかたどったものとされますが、須弥座のバリエーションとも言われます。台座の上に結跏趺坐あるいは半跏趺坐で座っています。結跏趺坐とは、あぐらをかいたような状態で両足をももの上に載せた形です。片方だけを載せた形を半跏趺坐といいます。

十五、色醜くして青黒なり

不動明王の肌の色は一般に青黒とされますが、日本の絵画でも青不動、黄不動、赤不動がある通り、文献により様々で一定していないようです。

十六、奮迅忿怒する

不動明王の特質は、奮迅や忿怒、威猛であるとされます。魔障を脅威する畏怖の存在です。

十七、遍身に迦楼羅炎あり

迦楼羅かるらとは巨大な神鳥で、サンスクリットでガルダ(garuḍa)、漢訳で金翅鳥こんじちょうと呼ばれます。不動明王の光背が、迦楼羅が翼を広げた姿に似ていることから迦楼羅炎と呼ばれます。光背が二重円相光の場合もあります。

十八、変じて倶力迦羅くりからとなり、剣をめぐる

不動明王は、剣に龍が巻き付いた姿で描かれることがあります。これを倶利伽羅龍王といいます。剣に龍が巻き付いた姿のみで不動明王を表すわけですが、不動明王が持つ剣に龍が巻き付いている場合もあります。

十九、矜羯羅童子と制吒迦童子に変じ、修行者に仕える

不動明王の両脇に、二童子が描かれることがよくあります。向かって右の白いのが矜羯羅童子、左の赤いのが制多迦童子です。それぞれサンスクリットのキンカラ(Kiṃkara)、チェータカ(Ceṭaka)の音写で、いずれも召使い、奴僕という意味です。

矜羯羅童子は恭敬小心の者とされ、制多迦童子は「難共語悪性」の者とされます。「難共語悪性」とは「共に語り難き悪性」、すなわち「話のできない、話の通じない悪性」という意味です。この「小心者」と「悪性者」という要素と、童子であるという要素を同時に表現することの難しさが古来より模索されたようで、やがて「従順でおとなしい子供」と「きかん気でやんちゃな子供」へと置き換えられていったようです。

二童子のほか、八大童子、三十六童子、四十八使者などが不動明王の眷属として挙げられることがあります。

三不動

不動明王像は様々なバリエーションがありますが、有名なものに青不動、黄不動、赤不動の三不動があります。

青不動(青蓮院)は、十九観に忠実に基づいたものとしてしばしば言及されます。

黄不動(曼殊院)は、立像であり、火焔光がない、両端の下牙を上唇に突き出している、両目を見開いている、など、十九観から外れるところが多い不動明王像です。円珍が感得した金色の不動明王を画工に描かせたとされます。

また条帛を着ていない上半身裸体というところに特徴があります。条帛とは左肩から斜めにかかっている布のことです。

赤不動(高野山明王院)は、円珍が横川で感得したという不動明王を、血で描いたという伝説があります。二童子がふたりとも右側に配されるなど、独特な構図で描かれています。

参考文献

渡辺照宏『不動明王』(吉川弘文館、2022年)
下泉全暁『不動明王』(春秋社、2013年)
頼富本宏『民のほとけ 観音・地蔵・不動』(日本放送出版協会、1984年)
成田山新勝寺・種智院大学密教学会編『総覧不動明王』(法蔵館、1984年)
上原昭一他『図説日本仏教の世界8 観音・不動・地蔵 民衆のねがい』(集英社、1989年)
田中義恭他編著『目でみる仏像・大日/明王』(東京美術、1986年)
福地佳代子「脇侍像における童子形表現の展開—不動明王童子像を通して—」(東北福祉大学研究紀要、2009年)

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