中垣顕實『卍とハーケンクロイツ―卍に隠された十字架と聖徳の光』(2013, 現代書館)
卍(まんじ)は英語でswastika(スワスティカ)というらしい。ナチスのシンボル「ハーケンクロイツ」(鉤十字)とよく似ているが、向きが逆だ。にもかかわらず、欧米では、どちら向きであっても、ナチス=反ユダヤ主義の象徴として忌避されている。
私は、ハーケンクロイツはルーン文字のSを2つ重ねているのだと聞いて、それで覚えていたのだが、どうもそれはハーケンクロイツの起源としては不確かなものらしい。それどころか、卍(スワスティカ)の旋回方向も本来は右旋回(つまりハーケンクロイツと同じ)だというのだ。
今日では仏教のシンボルとされている卍(スワスティカ)だが、ひとり仏教でのみ使用されてきたものではなく、古くから、ヒンズー教やジャイナ教、ゾロアスター教、キリスト教、イスラム教などなど多くの文化において使用されてきた。極めつけはユダヤ教においても使用されていたことがあるというところだろう。
「古代シナゴーグでこれだけ多くの卍・卐が見つかっているということは、卍・卐は少なくとも古代のユダヤ人が好んで使ってきた神聖なシンボルであったことは間違いない。現在のユダヤ人が最も邪悪なものとして認識するシンボルを古代ユダヤ人は神聖なシンボルとして認識していたのである。」(p.65)
さて、本書の考察が興味深いのはここからである。
ヒトラーがハーケンクロイツをナチスのシンボルとして採用した時、彼の念頭にあったのは、スワスティカの一種としてではなく、十字架の一種として、だったということである。
スワスティカも十字架も普通名詞であって、それぞれの範疇に、様々な種類のスワスティカ、様々な種類の十字架がある。
ヒトラーは『我が闘争』において、ハケンクロイツについて語る時、スワスティカという言葉を全く使用せず、これが「鉤状の十字架」([独]hakenkreuz=[英]hooked cross)であると述べているのである。にもかかわらず、最初期のものを除いて、ハーケンクロイツは英語ではswastikaと訳されてしまっている。
卍(スワスティカ)の一種にハーケンクロイツがあるために、卍(スワスティカ)全体が反ユダヤ主義のシンボル扱いされるのだとしたら、本来それは十字架が負うべきものだったと言えなくもない。
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